DX(デジタル トランスフォーメーション)という言葉は流行語の域を超え、企業活動の前提条件として定着しつつあります。生成AIの進化は業務効率化や新たな価値創出を可能にする一方、急速なデジタル化に伴うセキュリティリスクも増大しています。サイバー攻撃の巧妙化や情報漏洩のリスクは企業経営に直結する課題であり、ITツールの導入では不十分でしょう。本記事では、DXを単なる効率化の取り組みではなく、AI活用とセキュリティ強化を軸に据えた持続的な戦略として改めて紹介します。
DXを理解するための基礎知識
組織の業務を根本的に変革し、より効果的に、かつコストをかけずに業務を行えるようにすることで、顧客、関係者、従業員に価値をもたらすことが、DXの取り組みの根本にある考え方です。具体的には、DXとは、新しいテクノロジー、そしてそれらのテクノロジーを実行、管理、維持するためのシステムとプロセスを導入することであると言えます。
DXの定義
DXとは、上級経営幹部と取締役会が主導する戦略的取り組みを表す用語です。組織の業務のあらゆる側面にデジタル テクノロジーを統合し、継続的に新しいテクノロジーを導入することが、DXの核となる考え方です。DXに向けた取り組みと呼ばれるこのプロセスを進めるペース、そして取り組みのレベルは、組織によりさまざまです。
ビジネスの変革は開始と終了が定められたプロジェクトを中心に展開されますが、この点がDXとは異なり、この違いがDXの目新しい特徴でもあります。DXは、常に新しいテクノロジーが導入され、プロセスとシステムが最適化される継続的な取り組みです。
現代のビジネスにおける重要性
DXは、ほとんどの大企業にとって欠かせないものとなっているほか、その他多くの企業にとっても最優先事項となっています。DXの導入は、単に他社との競争に勝つためだけでなく、企業が生き残るために不可欠であると広く認識されています。
わずかな例外を除き、ほとんどの組織で業務におけるアプローチとしてデジタルファーストが採用されています。DXが重要なのは、このデジタルファーストのアプローチを最適化し、組織のあらゆる側面に浸透させ、組織の文化にその概念を根付かせることができるからです。
DXの主な推進要素
DXが広く導入されている背景には多くの要素があります。主な推進要素の1つとして、ほぼあらゆるもののデジタル化をデファクト スタンダードとした最新世代のテクノロジーがあります。
DXに向けた動きを推進しているテクノロジー以外の要素として、DXの威力とDXがもたらす価値を示した先駆的な組織の存在があります。これらの組織は、以下のような用途にテクノロジーを利用できることを示しました。
- 組織全体の業務とプロセスの自動化
- カスタマー エクスペリエンスの継続的な向上(例:状況に応じたカスタマー レビューの表示やレコメンデーションのパーソナライズ)
- まったく新しいビジネス モデルの創出(例:eコマースや電子配信)
- AIと機械学習を活用したインテリジェントなワークフローの開発
- サプライ チェーン管理(例:必要なインベントリ)や製品開発(例:アジャイル ソフトウェア開発)など、停滞したレガシー プロセスの更新と最適化
DX、デジタライゼーション、デジタイゼーションの違い
DXには、デジタライゼーションとデジタイゼーションという2つの不可欠な要素があります。デジタライゼーションとは、プロセスやプロジェクトを改善するためにデジタル テクノロジーを活用することを指し、デジタイゼーションとは、紙ベースの情報やデータをデジタル形式に変換することを指します。デジタライゼーションとデジタイゼーションを推進するには、テクノロジーの統合、プロセスの最適化、そして文化の変革が必要です。
テクノロジーの統合
テクノロジーをその核とするDXにおいては、それらテクノロジーの統合が不可欠です。事実、DXの驚くべき成果の大部分は、テクノロジーの統合によってもたらされています。テクノロジーの統合とは、さまざまなソリューションを連携して動作させるだけでなく、それらを戦略、業務、プロセスの推進に活用することを意味します。
プロセスの最適化
プロセスを最適化するには、テクノロジーの統合だけでなく、すべての業務とそれをサポートするプロセスの評価も必要です。たとえば、現在手動で行っているどのプロセスをテクノロジーによって自動化できるか、時代遅れで旧式なため排除する必要のあるプロセスはどれかを評価します。シームレスなワークフローと最適な効率性を実現するためのプロセスの統合も必要です。
文化の変革
DXを根付かせるには、組織として全面的に受け入れることも必要です。文化の変革はトップダウンで行われ、まず経営陣がDXの概念を支持する姿勢を明確にしたうえで、組織の全員にその価値を示す必要があります。
文化の変革を実現するには、コミュニケーションが不可欠です。一人ひとりの心に響くよう、定期的に、かつ多様な形でメッセージを伝える必要があります。
DXによってもたらされる文化の変革は広範囲におよびます。DXを適切に実施すれば、組織のあらゆる部分にその効果が表れます。チーム メンバーに変更点を時間をかけて説明するとともに、DXに伴う新しいシステムとプロセスの導入に必要なトレーニングとサポートを提供することが成功への鍵となります。
DXが求められる主要領域とは
DXは、「目標達成のために必要なすべてを網羅する主要な領域に焦点を当てた取り組み」と説明されますが、複数の領域に個別に焦点を当てるのではなく、これらの領域相互のつながりを全体としていかに1つのものにまとめ上げるかが重要となります。
以下に示すのは、最も一般的に用いられるDXの領域です。これら各領域に対してDXの戦略および計画と計画を策定することで、基本的な要素を網羅し、他の領域にもイノベーションを広げるための足場を築くことができます。
カスタマー エクスペリエンス
カスタマー エクスペリエンスにおいては、顧客のニーズを把握し、それらのニーズを満たし、ポジティブなカスタマー エクスペリエンスを提供することに重点が置かれます。これにより顧客満足度とロイヤルティが向上し、顧客生涯価値が高まるため、組織の長期的な成功を確かなものとすることができます。
業務プロセス
プロセスの自動化と最適化は、テクノロジーを活用して業務を簡素化し、生産性を向上させ、コストを削減することに重点を置いた取り組みであるため、DXの核心をなす領域と言えます。この領域は、DXの他の領域にもプラスの波及効果をもたらします。
ビジネス モデル
DXの考え方をビジネス モデルに適用するためには、テクノロジーを最大限に活用できるよう業務とプロセスを適応させ、更新する必要があります。また、進化する市場の要件と顧客の要求に対応して、競争優位性を維持する必要もあります。
従業員の育成
効果的かつ持続的なDXを実現する秘訣の1つとして、イノベーションを文化に根付かせることが挙げられます。イノベーションを文化に根付かせるための鍵となるのは、従業員のエンゲージメントと能力向上です。DXに必要なツール、リソース、トレーニングを従業員に提供することで、従業員は自身の能力向上を実感し、より積極的に関与するようになるため、DXを組織に広く浸透させることができます。
AIが加速するDX
AIは、DXの取り組みで見られる多くのテクノロジーに組み込まれています。AIを活用したソリューションには、以下のような数多くの強力な機能が備わっています。
- 高度な分析を可能にする
- 入力データに基づいて進化し、学習する
- 組織によるデータ分析と対応を支援する
- データ内のパターンを特定する
- 予測を行う
- 実用的なインサイトを提供する
- 反復的ではない複雑なタスクをサポートする
これらの機能は、自動化の推進やテクノロジーを使用した価値創造など、DXの多くの目標をサポートします。DX テクノロジーにおいてAIを活用することで、新しい情報や予期せぬ変化に迅速に対応できるようになります。また、データを分析して、今後発生する可能性のある課題を事前に察知することにより、セキュリティやリスク管理など、複数の領域でプロアクティブな体制をサポートできます。
AIとDX:違いを理解する
AIは、DXを構成する多くのテクノロジーで使用されています。実際、DXの多くの部分は、AIを活用したテクノロジーによって提供されるインサイトを基盤としています。以下に、その例をいくつか示します。
DXにおけるAIの活用
DXの一環としてAIを活用したソリューションを使用する場合、何にAIを活用するのか、そしてそこからどのような価値が生まれるかを検討することが重要です。DXにAIを活用して成功している事例を以下にいくつか示します。
顧客エンゲージメント
AI、およびDXの他の側面によりもたらされるインサイトを活用することで、組織はより的確に消費者の需要を予測し、新たなトレンドを見極め、変化する市場要件に適応することができます。さらに、AIは消費者のオムニチャネル エクスペリエンスをサポートするほか、AIソリューションによりセキュリティを強化して、消費者の機密情報を保護することもできます。
意思決定
AIは、チームがより迅速かつ的確に意思決定を行うのに役立つインサイトを提供します。AIツールは、大量の情報を迅速に処理し、予測分析を提供することで、プロアクティブな意思決定を促進するインサイトを提供します。
サイバー セキュリティ
DXは多くのメリットをもたらす一方で、組織のデジタル攻撃対象領域(アタック サーフェス)を広げてしまうというデメリットも抱えています。しかし、AIを活用したセキュリティ ソリューションは脅威を検知して阻止できるため、サイバー セキュリティ リスクの軽減に役立ちます。
収益機会
DXによりプロセスやワークフローにAIソリューションを組み込んでいる組織は、リスクを最小限に抑え、業務効率を向上させることができますが、このことはいずれも収益性の向上につながります。また、AIはパターンやトレンドを特定することで、新製品や新サービスの市場投入までの時間を短縮し、市場シェアの早期獲得と収益拡大のチャンスをもたらします。
リスク軽減
異なるソースからの膨大なデータを処理できるAIは、組織がリスクに対する脆弱性を見極めて予測できるようサポートすることにより、DXの成功率を高めます。AIをリスク分析に活用すると、パターン検出の威力が浮き彫りとなります。AIを活用したソリューションにより、DXの取り組みを阻み、業務に悪影響を与える可能性のある、発見が困難なリスクや見落とされがちなリスクを検出できます。
顧客の全体像把握
AIは、さまざまな異なるデータ ソースを利用して顧客の全体像を組織に提供することで、DXの取り組みを促進します。このようなインサイトは、改善領域の特定に役立つほか、優先順位を付ける際に参考となります。
DX導入のメリット
大部分の組織にとって、DXを取り入れることは、組織として市場で存在感を発揮し続けるとともに、競争力を磨き続けるために欠かせない要件となっています。DXには多くのメリットがありますが、この必要性こそが最大のメリットです。その他によく挙げられるDXのメリットとして、以下のものがあります。
効率性と生産性の向上
- 反復的な手作業の自動化
- コミュニケーションとコラボレーションの向上
- ヒューマン エラーの最小化
- 情報管理と共有の迅速化
- ワークフローの簡素化
カスタマー エクスペリエンスの向上
- コンバージョン率の向上
- パーソナライズされたレコメンデーション、カスタマイズされたカスタマー サービス、ターゲットを絞ったマーケティング メッセージによる、より有意義なインタラクションの創出
- 顧客エンゲージメントと生涯価値の向上
- あらゆるタッチポイントで一貫したカスタマー エクスペリエンスの提供
- 顧客への24時間365日体制のサービスとサポートの提供
データに基づくより的確な意思決定
- オンラインとオフラインのデータの連携と精緻化による業務の最適化
- キャンペーンの正確なターゲティング
- 組織による主要業績評価指標(KPI)の追跡および測定のサポート
- データの品質と正確性の向上
- 隠れたパターンを発見し、新たなトレンドを特定し、改善点を浮き彫りにする
市場における競争優位性
- 変化する市場の状況と顧客の需要への迅速な適応
- 製品やサービスのより迅速かつ正確な提供
- 顧客のニーズと嗜好の持続的な深い理解
- ブランド認知度の向上、顧客獲得の増加、収益源の獲得
- 戦略の最適化により競合他社に先んじ、差別化を図る
DXの導入手順
前述のように、DXは一夜にして実現するものではなく、継続して進める取り組みです。継続的な取り組みであることを理解し、それぞれの段階で必要な時間とリソースを費やす組織のみがDXを成功へと導くことができます。言い換えると、DXに新たな領域が追加されたり、すでに展開済みの部分で方針の転換が必要になったりした場合、実施済みの段階でも繰り返し行うことが必要です。
現状の評価
DXの導入において最も重要なステップは現状の評価であると言っても差し支えないでしょう。このステップで観察し、判断した結果は、DXの取り組みにおいて重点を置くべき領域の優先順位付けに役立ちます。また、継続的な取り組みをサポートするために必要な人材とツールの選定においても重要な役割を果たします。現状の評価は各組織に固有の複雑なステップですが、以下のような共通して考慮すべき事項があります。
- 組織における現在のデジタル化の状況はどのようなものか。
- 取り組みをサポートするために利用可能なリソースにはどのようなものがあり、新たにどのようなリソースを獲得する必要があるか。
- DXの取り組みに適した既存のデジタル ツールにはどのようなものがあり、何を置き換える必要があるか。
- 当初利用可能な予算はいくらで、継続的にDXの展開をサポートするための予算はいくらか。
デジタル戦略の定義
DXの成功は、多くの機能を適切に実行できるかどうかにかかっています。大まかに言えば、DXの主要な段階は、ほとんどの大規模プロジェクトと同じです。
- 目標と成果を明確にします。
- エグゼクティブ スポンサーを特定します。
- 要件を評価します。
- 具体的なニーズを定義します。
- チームを結成します。
- プログラムを実行します。
- 結果を監視および測定します。
- 継続的な改善を行います。
DXを実行するためのベスト プラクティスには以下のものがあります。
- 問題を早期に特定し、変更の影響を最小限に抑えるフェイルファストのアプローチを導入します。
- 既存のプロセスとポリシーを監査し、古くなったものを削除または更新します。
- 新しいプロセスを既存のワークフローに可能な限り組み込むことで、ビジネスの中断を最小限に抑え、学習の負担を可能な限り軽減します。
- 重複する分野の経験を持つ者どうしでチームを結成します。
- DXの取り組みから生まれた変化とイノベーションを称賛します。
- 徹底的な調査を実施して、最適なテクノロジーを見極めます。
- どのような変化によりカスタマー エクスペリエンスを向上できるか、そしてそれらの変化をどのように導入できるかを検討します。
- 従業員のエンゲージメントと日常のワークフローへの統合を含む導入計画を作成します。
- 新しいアイデアやフィードバックを奨励します。
- 割り当てられたタスクに適したスキルを持つチーム メンバーを特定します(スキルが高くてもその分野の経験を持たないメンバーは割り当てません)。
- DXの重要性を組織の文化に浸透させるために時間と労力を費やします。
- AIによりデータを最大限に活用します。
- アップグレードが必要なプロセスを特定し、最も大きな効果が見込めるプロセスを優先します。
- アップデート、あるいは新しいプロセスやシステムが利用可能になったら、変更を段階的に展開します。
- 組織全体のあらゆるレベルで確実に導入されるよう、開始前に関係者の同意を取りつけます。
- 小さなことから始め、現実的で達成可能な目標を設定します。
テクノロジーと人材への投資
DXのほぼすべての側面において基盤となるのがテクノロジーです。組織のDXをサポートするために必要な具体的なテクノロジー ソリューションは組織によって大きく異なりますが、必要となる主なテクノロジーのカテゴリーには以下のものがあります。
- AIと機械学習
- クラウド コンピューティング
- モバイル端末
- ソーシャル メディア
- モノのインターネット(IoT)
効果的なDXの取り組みには、適切なチームの構築が不可欠です。まずは、リーダーをチームに迎え、取り組みに専念してもらいます。関与が必要になる主なロール(役割)は以下のとおりです。
- 最高経営責任者
- 経営幹部
- エバンジェリスト
- 業務およびテクノロジーの連絡担当者
- 技術者
- セキュリティ、リスク、コンプライアンスのマネージャー
- プロジェクトまたはプログラムのマネージャー
トランスフォーメーション戦略の監視と適応
DXが成功するかどうか、効果を発揮できるかどうかは、いかに監視と適応ができるかにかかっています。まず、主要なマイルストーンにおいて使用するとともに、継続的にも使用する初期指標を定めます。次に、結果を正確にテストして測定するためのマイクロ指標を策定します。以下のようなさまざまな成果について測定を実施します。
- 顧客満足度と顧客維持率、収益の変化、その他の価値創造、競合他社に対するパフォーマンスなどの戦略的な成果
- 従業員の生産性の変化、市場の変化に対応した拡張性、業務効率への影響などの業務関連の成果
- DX チームの生産性
監視により収集された情報に基づく更新や変更を継続的に統合するためのプロセスも開発する必要があります。プロアクティブな適応によってもたらされる継続的な改善こそが、DXの取り組みを成功へと導きます。
まとめ
DXの具体的な要件と選択肢の理解に時間を費やした後、まずは小さな取り組みから始めることを専門家は推奨しています。大部分のユース ケースを代表するようなプロジェクトで、イノベーションを積極的に取り入れるチーム メンバーがサポートできるプロジェクトを選びます。これにより、成功の可能性が高まり、DXを継続的に展開するためのモデルとすることができるとともに、この成功体験が組織全体で関心を高め、サポートを取り付け、導入を成功へと導くことにつながります。