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企業は技術的負債とどのように向き合うべきか?

技術的負債とは

技術的負債とは、ソフトウェア開発において、より簡単に、コスト効率の高いソリューションを選択したことに伴う代償を指す言葉で、時間の経過に伴い膨れ上がっていく借金に例えています。こうした選択は、時間的制約、予算の制限、将来的な必要性に対する認識不足などによって生じることが多くあります。近視眼的な対応は、やがて脆弱で非効率なソフトウェアやシステムを生む原因となる可能性があります。

技術的負債の一般的な原因には、以下のようなものがあります。

  • アプリケーションの拡大に対応できないアーキテクチャや設計の選択
  • ビジネス上のプレッシャーによる、不具合や欠陥を含んだコードのリリース
  • ドキュメントが整備されないコードの作成・リリース
  • 非効率または保守困難となったコードへのリファクタリングの先送り
  • 適切なテストの未実施
  • 機能要件および技術要件の定義不足
  • テスト スイートの未整備
  • 標準(業界標準の機能やフレームワーク、技術など)との整合性の欠如
  • 近道を選択した際の影響を評価・測定するプロセスの欠如
  • 土壇場での仕様変更
  • 社内エンジニアによるリファクタリングや再実装を要する外部委託によるソフトウェア開発
  • 複数の開発トラックで進められた変更を拙速に単一のコードベースへ統合する運用
  • 不十分な技術的リーダーシップ
  • コードを十分に精査しないままリリースを急ぐ対応
  • 短期的な目標を優先するあまり、時代遅れまたは適性の低い技術を選択する対応
  • ソフトウェア内のコンポーネントが密結合であることによる、変更への適応力の低下

技術的負債は、納品のスピードという点では短期的な利点があるものの、コードの複雑化や将来的な変更コストという形で現れます。これは金融における負債と同様に「利息」が発生するもので、近道のまま放置する期間が長くなるほど、後になって修正にかかる時間、労力、リソースも大きくなっていきます。

技術的負債は、理解や保守、拡張が困難な複雑化したコードベースを招くおそれがあります。

その結果、新機能の開発スピードが低下し、不具合の発生リスクが高まり、ソフトウェアのパフォーマンスや安定性にも悪影響を及ぼす可能性があります。

技術的負債という用語の由来

「技術的負債」という用語を最初に用いた人物として知られているのが、Ward Cunningham氏です。彼は1992年、OOPSLA(Object-Oriented Programming, Systems, Languages & Applications)カンファレンスのプレゼンテーションの中でこの概念を紹介しました。これは、ソフトウェア開発において納品を早めるために行う妥協が、将来的な変更の複雑さやコストを増加させる可能性があることを、金融上の「負債」にたとえたものでした。このたとえは、その後ソフトウェア業界で広く受け入れられるようになり、近道を選ぶことが後の大きな代償につながるという考え方を表す言葉として定着しています。

ソフトウェア開発における技術的負債の発生要因

技術的負債は、機能開発、アルファ版、ベータ版、ゴールデン マスター版といった従来のソフトウェア開発サイクルの各段階で発生します。一般的には、各機能の構築段階でバグが発見され、その一部はその場で修正されるものの、残りは開発サイクルの後半で対応する形で先送りにされるのが通例です。

たとえば、アルファ版の段階では、ベータ版へ進むために必要なバグ修正が優先され、残りはベータ版で修正するという前提で先送りされます。しかし実際には、ベータ版でも新たなバグが次々と発見され、修正対象のリストは増え続けます。この状況は、ソフトウェアがゴールデン マスター版に到達した後でも繰り返されます。本来であれば、ゴールデン マスター版では未修正のバグがゼロであるべきですが、現実には既知のバグを修正しつつ、それ以外のバグは次回のリリースまで先送りされるのが一般的です。

技術的負債は蓄積しやすく、それに伴って修正が困難なバグの数も増えていきます。こうしたバグはユーザーの不満を招くだけでなく、開発スピードを低下させ、修正にかかるコストも高騰します。これは、特定のコード部分に変更を加える際、ソフトウェアの他の部分にも連鎖的な変更が必要になることが多く、さらに関連ドキュメントの更新も発生するためです。

開発チーム以外に及ぼす技術的負債の影響

技術的負債という用語はソフトウェア開発に関連づけられがちですが、その影響は組織全体に及びます。

  • コストの増加
    将来的なコストや課題は、技術的負債の大きな特徴です。金融上の負債と同様に、技術的負債もいずれ返済が必要となるコストであり、最適とは言えない開発手法によって生じた問題を解消するためには、追加のリソースや時間、労力が必要になります。
  • 運用上の欠陥
    技術的負債は、運用全体に悪影響を及ぼす可能性があります。非効率の発生、生産性の低下、保守コストの増加、システム障害、さらにはセキュリティ脆弱性の原因となることもあります。
  • 機動力の低下
    技術的負債は、市場の変化や進化するテクノロジーに対して柔軟に対応する組織の力を妨げる要因となります。
  • 品質の問題
    蓄積された技術的負債は、バグの増加やシステムの不安定化を招きやすく、ユーザー体験に悪影響を及ぼし、顧客の不満につながる可能性があります。

これは技術的負債?誤解されやすい事例を紹介

技術的負債に含まれるもの:

  • コード品質の問題
    コード品質の問題は、可読性や保守性に欠けるコード、ベスト プラクティスに従っていないコード、システム全体の設計との一貫性がないコードによって生じます。技術的負債の典型的な例には、スパゲッティ コード、モジュール化の欠如、重複コード、過度に長いメソッドなどが挙げられます。
  • リファクタリングの先送り
    コードの構造や可読性を改善するために必要なリファクタリングを、時間的制約や優先順位の都合で先送りにすると、技術的負債が蓄積されます。その結果、不安定な基盤の上にさらにコードが積み重なり、複雑さが増し、生産性の低下を招く原因となります。
  • 不十分なテスト
    不十分なテストには、テスト カバレッジの不足(単体テストや統合連携テストの欠如など)、自動テストの未整備、納期を優先したテストの省略などが含まれます。これにより、開発プロセスの後半やリリース後に不具合やバグが発見されるリスクが高まります。
  • ドキュメントの不足
    ドキュメントが不十分または古いままになっていると、新たにチームに加わったメンバーがシステムを理解しにくくなり、既存のメンバーであっても特定の判断理由を思い出すのが困難になります。
  • 旧式の技術
    サポートが終了している旧式の技術、言語、ライブラリ、フレームワーク、プラットフォームなどを使い続けることは、技術的負債の一因となります。特に、こうした選択が最新のシステムや開発手法との統合連携を妨げる場合、負債の影響はさらに大きくなります。
  • 最適ではないアーキテクチャの選択
    拡張性に欠けるアーキテクチャ設計や、過度に複雑な構成、時代遅れまたは柔軟性のないシステムアーキテクチャは、新しい機能や技術の導入を困難にし、技術的負債を生む要因となります。

技術的負債に含まれないもの:

  • 業務プロセスの非効率性
    業務プロセスやプロジェクト管理業務における非効率は、コードベースやアーキテクチャといった技術的側面の健全性には直接関係しないため、一般的に技術的負債には含まれません。
  • 機能リクエストおよび製品バックログ
    通常の機能追加や改善要望のバックログは、技術的負債には該当しません。これらは将来的に対応すべき作業ではありますが、過去の妥協や近道の結果ではなく、コードやシステム設計の品質問題に起因する修正対象でもないためです。
  • 学習と試行
    学習や試行、反復的な過程は、技術的負債には該当しません。製品の初期バージョンで後に発見されるベスト プラクティスが使われていない場合もありますが、改善を繰り返すプロセスはソフトウェア開発において当然のことです。
  • 通常タスクの優先順位付け
    ビジネス上の必要に応じて、ある機能の実装を後回しにしたり、他の機能を優先させたりする判断は、技術的負債とは見なされません。
  • 未実装の最適化
    パフォーマンス向上のために最適化されていないコードは、自動的に技術的負債と見なされるわけではありません。最適化を早まることで、かえって複雑さを招く場合もあります。技術的負債として扱われるのは、必要な最適化であると認識しながら、それを継続的に先延ばしにした場合に限られます。
  • ユーザー体験に関する課題
    ユーザー インターフェースやユーザー体験の改善は重要ですが、最初から最も使いやすいインターフェースでないこと自体は技術的負債とは見なされません。ただし、将来的にユーザー インターフェースやユーザー体験の改善を根本的に制限してしまうような選択は、技術的負債となる可能性があります。

意図的か偶然か?技術的負債の見極め方

ソフトウェア開発において、技術的負債はさまざまな形で現れます。それぞれの種類には特有の原因、課題、影響があり、適切な管理や解決のためにはそれに応じた戦略が求められます。以下は、技術的負債の代表的な種類の一例です。それぞれの種類は、負債を生じさせた判断や行動の種類に応じて検討する必要があります。たとえば、以下のような分類が考えられます。

  • 偶発的な技術的負債
    意図的ではなく、開発チームがその存在に気づかないまま作業やテストを進める過程で初めて明らかになります。
  • 既知の技術的負債
    開発チームがその存在を認識しており、意図的に受け入れる判断を下しています。
  • 対応予定の技術的負債
    開発チームがその存在を認識しており、今後対応またはリファクタリングを予定している技術的負債です。

構築による技術的負債とは、構築を急いだり初期設定が不十分であったりすることにより、ソフトウェア開発プロセスに複雑さや非効率が蓄積される状態を指します。将来的にこれを解消するための手直しが必要になります。

コードによる技術的負債には、コードベース自体に起因する問題によって発生します。不適切なコーディング手法、標準化の欠如、不十分なコード コメント、時代遅れまたは非効率なコーディング手法などが含まれます。コード負債は、保守性や拡張性を妨げる要因となります。

欠陥による技術的負債とは、時間の経過とともにソフトウェア内に蓄積される未解決のバグや問題を指します。これに対処するには、将来的な信頼性や機能性を確保するために、大幅な修正と十分なテストが必要になります。

依存関係による技術的負債とは、開発者が旧式またはサポート対象外のサードパーティ製のライブラリ、フレームワーク、ツールなどに依存することによって生じます。これにより、ソフトウェアはセキュリティ上の脆弱性や統合連携面での課題にさらされる可能性があります。

設計またはアーキテクチャによる技術的負債は、欠陥のある、あるいは旧式のソフトウェア アーキテクチャや設計によって生じます。過度に複雑な設計、不適切なパターンの使用、モジュール化の欠如などが含まれます。設計による技術的負債は、拡張性を妨げ、新機能の導入を困難にする要因となります。

ドキュメントによる技術的負債とは、不十分または旧式のドキュメントによって生じる技術的負債です。これにより、新旧のチーム メンバーがシステムや特定の意思決定の背景を理解しづらくなり、保守や開発における効率性に悪影響を及ぼします。

インフラによる技術的負債とは、ソフトウェアが稼働する環境に関連する技術的負債を指します。これには、旧式のサーバー、不適切なデプロイ手順、災害復旧計画の欠如などが含まれます。インフラによる負債があると、パフォーマンスの低下やダウンタイムの増加といった問題を引き起こす可能性があります。

プロセスによる技術的負債とは、非効率または旧式の開発プロセスや手法に起因する技術的負債を指します。これには、不十分なコミュニケーション、アジャイル手法の未導入、コラボレーション ツールの不足などが含まれます。

要件による技術的負債とは、不完全または不明確なプロジェクト要件によって生じる技術的負債を指します。これにより、ユーザーのニーズや期待を満たさない機能が実装され、将来的に修正や追加の開発作業が必要になることがあります。

サービスまたはバージョン管理による技術的負債とは、サービスやコンポーネントが適切にバージョン管理されていなかったり、レガシー システムが十分なサポートや統合連携機能を欠いたまま使用されていたりすることで生じる技術的負債を指します。

技術的スキルによる技術的負債人材による技術的負債)とは、チームに特定のスキルや知識が不足していることによって、最適ではないソリューションが選ばれてしまう状況を指します。この技術的負債は、研修や能力開発への投資によって軽減させることが可能です。

テストによる技術的負債とは、ユニット テストや統合連携テストなど、十分なテストカバレッジの不足によって生じる技術的負債です。この技術的負債があると、本番環境での不具合やバグのリスクが高まり、システム障害や顧客の不満につながる可能性があります。テスト自動化の不足も、テストによる技術的負債の原因となります。

技術的負債の分類方法

技術的負債にはさまざまな種類がありますが、Martin Fowler氏の定義に基づいて、意図と状況に応じて大きく4つのカテゴリに分類されます。まずその意図(つまり「意図的」か「非意図的」か)に基づいて分類され、次にそれが慎重な判断によるものか、無謀な判断によるものかによって分類されます。

  1. 慎重かつ意図的な技術的負債
    将来的に問題を解決する前提で、迅速な製品リリースを選択することで発生するのが、慎重かつ意図的な技術的負債です。市場投入の遅れによるリスクよりも、スピーディなリリースによって得られる即時的な利益のほうが大きいと判断される場合に、このアプローチが取られます。チームは、市場への早期参入による利点が、後に蓄積された技術的負債を解消するためのコストや労力を上回ると見積もったとき、意識的にこの負債を抱えることがあります。
  2. 無謀かつ意図的な技術的負債
    チームが最善のコーディング手法を理解していながらも、品質を犠牲にして迅速なデプロイを優先する場合、それは無謀かつ意図的な技術的負債と呼ばれます。このような判断は、長期的な品質や安定性よりも納期の短縮が優先されるときに下されます。潜在的なデメリットを認識しながらも、あえてスピードを選択する姿勢が特徴です。
  3. 慎重かつ偶発的な技術的負債
    慎重かつ偶発的な技術的負債は、当初は最適なコードの開発を目指していたものの、実装後により効果的なソリューションが判明した場合に生じます。この種類の技術的負債は、実装後に得られた知見によって、初期の開発段階では見えていなかったより優れたアプローチが明らかになることで発生します。
  4. 無謀かつ偶発的な技術的負債
    無謀かつ偶発的な技術的負債は、十分な専門知識を持たないチームが高品質なコーディングを試みる中で、知らず知らずのうちに誤りを犯してしまうことで発生します。このような状況は、チームがその影響を十分に理解しないままソリューションを実装し、当初は予測できなかった重大な問題に直面する場合に生じます。

企業は技術的負債とどのように向き合うべきか

経験豊富な企業は、技術的負債をソフトウェア開発に不可避な側面と認識しつつ、慎重かつ戦略的に対応します。技術的負債に対する企業の考え方と管理方法には、次のような観点が含まれます。

継続的な監視とリファクタリング

企業は、技術的負債を特定・定量化するために、継続的な監視や定期的なコード監査を実施しています。これに加えて、計画的なリファクタリングも行い、コードベースの健全性、効率性、保守性を維持するよう努めています。

ステークホルダーへの教育

企業は、技術的負債への対応が重要であることをステークホルダーに理解してもらうため、教育に力を入れることがよくあります。これにより、品質や保守の向上に向けた投資へのサポートが得られやすくなります。教育内容には、技術的負債の一般的な原因や影響の説明に加え、不要な技術的負債の蓄積を防ぐためのコーディングやシステム設計に関するベスト プラクティスに関する開発チーム向け研修などが含まれます。

経営層の認識と関与

小規模な企業とは異なり、大規模な企業では、技術的負債に対する経営層の認識と関与がより高い傾向にあります。意思決定者は、技術的負債を管理しないまま放置すると、イノベーションや競争力に大きな影響を及ぼす可能性があることを理解しているためです。

品質と卓越性への投資

多くの企業は、新たな技術的負債の発生を最小限に抑えるために、品質保証、継続的統合連携、およびデプロイメントの実践、コーディング標準の採用に投資しています。これには、定期的なコード レビュー、自動テスト、開発ライフサイクルにおけるリファクタリングの実施が含まれます。

リスク管理

技術的負債は、多くの場合、企業におけるより広範なリスク管理の枠組みに統合されています。これは、技術的負債に関連するリスク、たとえばセキュリティ上の脆弱性、システムのダウンタイム、パフォーマンスの低下などを評価し、他のリスクとの整合性を把握することを意味します。

戦略的な資産管理

企業は技術的負債をソフトウェア資産の一部として捉え、金融上の負債と同様に定期的な管理が必要なものと見なしています。これには、技術的負債が組織に与える影響を評価・見直しし、コストと利益のバランスに基づいて返済するか、維持するかを判断することが含まれます。

まとめ

技術的負債そのものに善悪はありません。それは、将来的に返済を要する「借り」であるにすぎません。金融における負債と同様に、技術的負債も状況によっては正しい判断となる場合があります。もし技術的負債を受け入れるのであれば、その決定による利点と不利な点の両方を、開発チームがきちんと理解しておくことが重要です。

公開日: 2025年8月7日読了目安時間: 6 分
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